月別アーカイブ: 2017年9月

いよいよ手術です。

いよいよ手術です。
​ 

付添人の○藤さんには、9時前後、病院に来ていただくようお願いしました。
自分は8時30分に来て、受付箱の横に置いてある手術用の受付箱に、診察券を入れます。
一般の診察は、10時からなのですが、その前に当日、手術を受ける患者さんだけに診察があります。

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9時ちょっと前に、○藤さんが到着。

 

お店は、新井薬師前駅ですが、住んでいるのは、赤羽十条です。
そこから、わざわざ原付きスクーターで来ていただきました。
本当に申し訳ないです。

 

その○藤さん、2階の活気に目を丸くしていました。
自分が、一番最初に訪れた時と同じだと思います(笑)

 

受付から、名前が呼ばれて、診察室前の長椅子に待機です。
本日、手術をする患者さんに担当医(執刀医)
から、最後の説明がありました。

 

しばらくすると、自分の名前が看護師さんから呼ばれました。
○藤さんと、2人で中に入ります。

 

N先生から

 

「非常に大変な手術になります。

失明も覚悟しといてください」

 

と、言われます。

 

また、深作先生にも診察をしていただきました。

 

N先生と同じく、

 

「厳しい手術になると…」

 

やるだけやって、駄目なら諦める。
自分の気持は固まっていました。

 

10時前に、5階にある病室に案内されました。

 

自分は、4人部屋の一番奥の左手でした。

そこで軽装(Tシャツに短パン)に着替えるのですが、

 

“おむつ”

 

をしなければいけません(笑)

 

この年で、おむつをですか…
今のは、直接履くのですね。
“へえー”っと感心した記憶があります(笑)

 

ひと通り準備が出来たら、3階の手術室に○藤さんと一緒にエレベータで降ります。

 

エレベータから降りると下駄箱があり、そこで、スリッパに履き替え。

 

その先の自動ドアを開くと手術待合室。
入って、直ぐ右手の奥にも自動ドア。
そこを開けると、麻酔、点滴等をする手術準備室です。
準備室の先が手術室です。

 

手術室は、3つくらいあったと思います。

 

入って、先ず、薄青色をした手術着と透明のキャップと“名前”“硝子体手術”“左”と書かれた紐付きカードが渡されました。

透明のキャップは、頭に。
紐付きカードは、首に通します。
その後、錠剤を飲みます。
多分、胃の炎症を抑えるのかな?

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手術を受ける患者さんが、入ってきました。

 

“え、そんなに受けるの!?

 

て、感じで続々と。

 

多分、付添人と合わせて、100人前後はいたと思います。
しばらく待機してたら、名前を呼ばれ、手術準備室へ。
そこで点滴をし、再び、待合室に戻ります。

 

手術は、午前の診察が終わった昼過ぎから。

 

当たり前ですが、ここで待機している患者さんは、みんな目の手術なんですよね。

 

なんか、不思議な感じです(笑)

 

8月10日13時35分に書いた日記からです。

 

「さて、これから手術だ!
治る見込みは殆ど無いけど、頑張るしかない!
この勝負、絶対に勝つ!!!


◯藤さんに撮ってもらいました。

待機している間は、特にやることがないのでiPhoneを弄っていました。
○藤さんも、壁に飾っている新聞記事の切り抜きなんかを見て時間を潰していましたね。

14時ごろからでしょうか、手術が、始まりました。

 

名前を呼ばれて、患者さんたちは、手術準備室に入っていきます。
白内障手術の患者さんは、早くて15〜20分程で終わります。

 

“あ、この調子なら、自分も呼ばれるのが早いな”

 

と、その時は思いました。

 

し、しかしです。

 

夕方17時を過ぎても、呼ばれません。。。

 

“こりゃ、やばい… ○藤さんに申し訳ない”
でも、自分にはどうすることも出来ません。
テレビでは、夏の全国高校野球選手権が中継されています。

 

待合室からチラ見していたのですが、
手術が終わった患者さんは、一旦、手術準備室で、安定するまで座らされます。
中には、死んだようにストレッチャーで寝ている人も(笑)

 

あれは、一瞬怖かったな〜

 

1978年に公開した“コーマ”のひとコマみたいでした(笑)
別に吊るされている訳ではないのですが…

https://ja.wikipedia.org/wiki/コーマ_(映画)

さて、時間はたちに経って、20時を過ぎました。。。

 

あれほどいた患者さんが、ほとんどいなくなりました。
◯藤さんとも話す会話がなくなってきました(笑)
残りは、自分含めても12〜15人くらいかな。

 

考えてみれば、朝の10時過ぎから、ここにいる訳ですよね。
不思議と長く感じません。
と、言っても、ほとんど寝ていましたね(笑)

 

23時過ぎ、○藤さんが、裏門の出入り方を看護師さんに確認して食事に出掛けます。

 

気がつけば、手術を受ける患者は、自分一人になりました。。。

 

「◯◯さん」

 

やっとです。

 

時計を見たら、24時を過ぎていました!

 

先ずは手術準備室に入り、手術前のセッティング。

 

看護師さんから

 

「トイレは大丈夫ですか?」

 

と、尋ねられたので、用を足しに。
“おむつ”を履いているから何かあれば、大丈夫なんですけどね、

 

ここは気持ちの問題です(笑)

 

それと同時に、○藤さんが、食事から戻って来てました。
軽く一言二言、話をして、再び手術準備室へ。

 

先ほどまで、テレビの音声が鳴っていた世界から無音の世界に入ります。
東◯医科大学病院と同じく、看護師さんが準備する音しか聞こえません。

 

ビーっと、内線電話が鳴ります。
それを切って看護師さんからストレッチャーの上に
「仰向けで寝てくださいと」の指示が。

 

寝てて、しばらくするとN先生が来て、左目下に麻酔を刺しました。

 

でね、この注射の針が太いんですわ!(笑)

 

東◯医科大学病院は、細かったんですけど、ここは、その数倍はあったかと…

 

で、痛い!

 

思わず

 

“うひょひょ”

 

と声にならない声を上げましたね。
(ToT)

 

そして、しばらくストレッチャーの上で待機です。

 

再び、内線電話があり、自分は車椅子に乗せられ手術室手前に。
そこでも待機です。

 

そこは薄暗かったのと、目が悪いので、よく分かりませんでしたが、
壁に掛かっている時計を見ると24時40分を回っていたと思います。

 

前の患者さんが、車椅子に乗り、看護師さんに運ばれ手術準備室から出てきました。

いよいよです。

 

手術室に通されます。

 

思ったより案外広く感じましたが、室内の照明を、落としているため全体像が掴めません。
明るかった東◯医科大学病院とは、対照的でしたね。

 

手術の準備は、テキパキと行われます。

 

両腕を椅子に固定され、左目が開いたシーツを被せられるのは、東○医科大と同じです。

 

“あー、またあの激痛に耐えなあかんのか…”

 

あの時の痛みが、脳裏をよぎります。

 

し、しかし、
看護師さんに

 

「点滴に安定剤を混ぜますね」

 

と、言われた瞬間、記憶が無くなったのです!

 

そうです。

 

爆睡しました(笑)

 

手術は、1時間程で終了。

 

N先生から、声を掛けられ目が覚めました。

 

“手術中は寝てたから、全く痛みを感じませんでした!”

 

翌、8月11日に書いた日記です。

 

「やっぱり、大変な手術だったらしい。
ちょっとでもiPhoneを弄ってるとこを
看護婦さんに見つかると怒ってくるw
あんたの手術は大変だったんだから!てね。

流石というか、手術は完璧に仕上げてきた。
縫った処がチクチクする。
これは、前回の手術でも経験済。
まだまだ、暗いモヤみたいなのが掛かってるが、
うすく視界が見える。

術前は真っ暗で、
強い灯りや眼前で動かす手の動きしか分からなかった。

術前とはえらい違いである。

後は、通院して様子を見ることになると思う。

「奇跡は起きるものではありません、起こすものなんです!」

本当やね。
術中は、ベットに寝た瞬間から覚えていない。

最後、縫う前に先生から
「○○さん、聞こえますか?」
と、聞かれて目が覚めた。
「こんどの日曜日、世○遺○の音楽を担当しました」
と言ったのは、覚えているw
それから暫く、待機室に座り、
軽くよろめきながら◯藤さんに腕を掴まれて、
入院病棟にある食堂へ。
無茶苦茶遅めの夕食を取る。
それから帰る◯藤さんに挨拶をして、そく寝た。

朝は7時頃に起こされ朝食。

10時頃に2階で検査。
明日は早くも退院予定。

しばらくは自宅で安静やな。

ちょっとやけど気持ちに余裕が出てきた感じがする!」

日記からも気持ち明るくなっているのが、分かりますね(笑)

食事を取ったのは、26時を過ぎていたと思います。

執刀していただいたN先生と担当していただいた看護師さんたちに感謝です!

 

そして、非常に申し訳なく思ったのは、
“お◯の◯”の◯藤さんにです。

 

こんなに手術開始の時間が、遅くなるとは…
そのお蔭で、店をまるまる1日休まざるを得ませんでした
から。

 

今でも店に行くと、当時のことを思い出して、
頭を下げていますね(笑)

 

早くも、明日の朝には退院です。



今回は、ここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

2017-09-21

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​​昨日から手術前にする点眼が始まりました。

​​8月8日の日記です。

「昨日、今日、明日と1日に6回打つ。
この辺は東○医科大学とは違う。
夜は久々に手羽先を食った。
それと、残った油でチヤーハンを炒める。
24時からWO◯OWで放送された「最後の忠臣蔵」を
ホッピー飲みながら見る。

大泣きw
映像が美しい。
監督は「北の国から」の杉田成道だったのね。
いい映画でした。
最近はこういう映画が好きだな。
一人ひとりがいい演技。
安心して泣けるね。
さて、いよいよ手術日まで、あと2日。
ここ最近、感情の起伏が激しいが、頑張ろう。
あと、おねーちゃんに感謝!
こんなことを言っては何だが「兄弟って、いいな〜」
て初めて感じました」
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8月9日の日記です。

「いよいよである。
やっぱり何度やっても手術は怖いな。
しかも、難しいときた。
6月から始まって2ヶ月以上経った。
その間、殆ど仕事をしていないし、この先も不安で仕方がない。
なんとかしなきゃ…と、思うのだが左目がこれじゃな。
うん、怖いよ。
でも、頑張ろう!」

8月9日の深夜25時に書かれた日記です。

「某掲示板のあるスレッドにレスしたら111番だった。
エンジェルナンバー111は、ポジティブな思考を持つこと。
そう、今日の手術は必ず成功すると!
その手術まで、いよいよ24時間を切った。
こうなりゃ、出たとこ勝負である。
自分の左目は先生に委ねられた!
6月から始まった地獄の日々も今日で決着が着く筈だ。
​“
0学占い”によると、今年は精算の年。
過去の行いを洗い流す年だ。
そして、来年は開拓の年。
悪い流れは、今年で終わらせたい。
​“
絶対にいい事があるぞ!”
と、自分に言い聞かせて生きる!
最悪の5、6、7月は終わった。
8月からツキも戻ってくるはず!
昨夜の19時頃から緊張なのか恐怖からなのか、慟哭がした。
エンジェルナンバー111を見てから幾分落ち着いてきた感じがする。
夕食は近所のスーパーで寿司、野菜の煮物、アジフライとビールを買ってきて食べた。
7日から始めた点眼も昨日は2時間おきに挿した。
夕食後に胃薬も飲んだ。
かばんに入院の用意も終わった。
さあ、後は手術だけだ!
東アジア杯の最終戦は中国と1‐1のドローで男子は最下位に終わった。
でも、サッカーも俺もこれからだ!
明日は、絶対に自分に勝つ!
いや、どんな結果になろうと悲観はしない。
俺は俺らしく生きてやる!!
頑張れ!俺の左目!
明日のこの時間は病室だ」

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0学占いとは、
https://ja.wikipedia.org/wiki/0学

しかし、占いなんて全く信用しなかったんですけどね。。。

ええ、今でも信用してませんよ。
でも、当時は​“藁にも縋る”気持ちだったんですよね(笑)

さあ、明日は3回目の硝子体手術です!
​​​




今回は、ここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2017-09-20
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手術の承諾書と誓約書にサインをもらいに行きます。

8月5日の日記です。

「日韓戦は1−1の引き分け。
これからシャワってお◯の◯に行き、承諾書と誓約書にサインを貰いに行く。

今日は結構ドタバタした。

天◯さんや、田◯くんからの電話や、高◯さんからのスケジュールの確認など。

“世◯遺◯”のMAはうまく行ったのだろうか?

電話が掛かってこないということは大丈夫だと思いたい。

さて、手術まで、あと5日。

日に日に眼球がしぼんできているけど大丈夫やろか?」

​​

新井薬師前駅近くにあるこじんまりとした居酒屋、“お○の○”のマスター“遠○”さんに手術の承諾書と誓約書にサインをもらいに行っていますね。
来るたびに暗い話をしてたんやろな〜(笑)
何から何まで迷惑を掛けて申しわけないです。。。

 

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8月6日の日記です。

​ 

「手術まであと少し。
今日は保険会社に電話して診断書を請求。

あとは姉貴にメールして10万円貸してもらうことに。

いろんな人に迷惑掛けてるな〜

夕方17時頃に腹が減ったので、近所のスーパーで豚肉、ネギ、
チャーシュー、キャベツなどを買ってチャーハンを作った。

鶏ガラが少なかったのか薄味やった。

また、腹が減ってきたけど何食べようかな?

面倒くさいなw

あ、18時頃、久々に地震アプリが鳴った。

震度は3らしい。
術中に来ないことを祈ろう。

しかし、やることなく時間だけが過ぎていく。

虚しいなー
あ。
吉本新喜劇の花紀京さんが亡くなった。

好きな芸人やったな。

それから今日は広島に原爆が投下されたくさんの人が亡くなった日。

無念やろな。

そして、高校野球が開幕した。
夏が始まったね。

俺の夏は来るのだろうか?」

 

花紀京さんが、亡くなった日なんですね。
親父が吉本新喜劇を好きで好きで、
親父の居る日曜日のお昼は、欠かさず見ていました。
(親父の仕事は消防士で、1勤1休なので、毎週日曜日が休みとは限りません)

 

自分の時代は

“あっちこっち丁稚”

ですね。
木村進さん、坂田利夫さん、間寛平さんの3人が丁稚役でした。
犬の伝次郎が好きでしたね。
関西地区限定やから、どれくらいの方が見てたかは分かりません。
てか、当時は吉本の芸人が関東に進出するなんて思いもよりませんでしたね。
花紀京さんは、菓子職人役でした。
当時、吉本では好きな芸人さんの一人でした。


8月7日の日記です。

​ 

「恒例のナポリタンを作ったw
さて、これから何しようかな?

どうせ朝までiPhoneいじってるくせに。

今日は金曜日。

皆んな遊んでるんやろな。

6月2日の某番組の打ち上げからから、ほとんど人と会ってない。
お◯の◯の遠◯さん、スタジオ◯のママ、常連客、それと橋◯さんとその仲間、
後は“世◯遺◯”のスタッフ、高◯さんぐらいか。

え、意外と会ってるって?

そんなことより、来週の今はどうなってるんやろ?

やっぱり怖いなー。

恐怖と戦えって?
俺には無理な話ですわwww」
 
今日から、深作眼科からもらった目薬の点眼が始まりました。
手術日の朝まで続きます。
いよいよです。







今回は、ここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
​ 
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2017-09-19
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ニッパツ三ツ沢球技場(​スタジアム巡り その5)

三ツ沢公園球技場

 

 2008年3月より“ニッパツ三ツ沢球技場”とネーミングライツがつきました。
Jリーグでは、“横浜F・マリノス”と“横浜FC”のホームです。
現在、横浜F・マリノスは、“横浜国際総合競技場”をメインで使用しています。
また、今はなき“横浜フリューゲルス”のホームでもありました。
自分は、過去に1度だけここで、横浜フリューゲルス vs ヴィッセル神戸を見たことがあります。

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“ミカエル・ラウドルップ”

を生で見たかったからです!
ええ、彼は前半で退きました。
そして、そのまま帰国…
彼の引退試合には、歴代所属したチームのユニフォームを飾る際に、

ヴィッセルのユニフォームだけありませんでした…

ヾ(。>﹏<。)ノ

 

そして、ここで初めて、ヴィッセルの青いセカンドユニフォームを見ました。

「ダセェ(笑)」

あまりにもダサすぎて買っちゃいました。。。
(*/▽\*)

 

横浜F・マリノスは、横浜国際総合競技場をメインで使用しています。
収容人数は、15,454人
行き方ですが、横浜駅からバスが出ています。
およそ10分で“三沢総合グラウンド入口”に到着。
そこから、徒歩5分です。

 

横浜駅から徒歩でも行けますが、
かなり急な坂を登るので、バスを利用したほうが賢明
ですね。
また、横浜市営地下鉄“三沢上町駅”からも行けます。
以前、利用したことがありますが、
徒歩で15分以上掛かりました。
あまりお勧め出来ませんね…

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ラグビーも行われる球技専用スタジアムです。
1955年に建てられましたので、
どうしても古さは否めません。
しかし、専用スタジアムなので、非常に見やすいです。

 

ただし、ラグビーも開催するため、ゴール裏とスタンドの距離がやや離れています。
屋根も殆ど無く、雨の試合はどの席も
雨合羽が必要ですね。


スタジアムグルメには期待しないほうがいいでしょう。
目新しいものはありません…
敷いてあげるのなら、

“冷やしきゅうり”

かな。

 

交通の便も含め、“横浜国際総合競技場”よりも
ここで、試合をしてくれる方がありがたいですね。
(個人の意見です)

 

( ´∀`)

 

また、J3のY.S.C.C.横浜
(横浜スポーツ&カルチャークラブ)
も、ここをホームとしており、
Jリーグ史上初めて、3クラブのホームスタジアムとなっております。
以前はホーム側ゴール裏にあった電光掲示板ですが、
2008年にアウェー側ゴール裏に設置されました。

以下の写真は2011年7月31日に行われた「adidas CUP 2011 第35回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会」の模様です。

入場者全員にガリガリ君のプレゼントです。

試合は、0-1で東京ヴェルディユースに負けました。


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現ジュビロの監督です。

2006年9月6日の横浜FC戦は、スチュアート バクスター監督最後の指揮でした。


​​

​ 2017-09-19

深作眼科から帰って来ました。

横浜から帰ってきた足で、
​“診療情報提供書”が必要なので、かかりつけの病院に行き、ついでに高血圧と痛風の薬をもらってきました。

 

その時に、今回のいきさつを先生に説明。

先生は、拳を握り締めたまま、しばらく下を向いたまま動きません。

 

初老で、いつも優しげな声を掛けてくれる先生の体は怒りで震え、ふりしぼった声で

 

「医療ミスですか…そ、それは大変でした。」

 

と。

 

同じ医者同士、
何かを感じ取ったものが、あったのではと思います。

 

東大医学部を出ようが、京大医学部を首席で卒業しようが、んな事、患者としては、どうでもいいのです。

 

でもね、どんなに頭が良かっても手先が不器用じゃ意味ないんですよ。

 

そんな奴は、手術をせんでほしい。



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その夜の日記です。
 
「深作眼科から帰ってきた。
8月10日に3度目の硝子体手術をする。
どういう結果になろうと、これが最後だ!
深作先生にも見てもらえた。
非常に難しい手術になり、失明になる可能性は高いらしい。
日本でもトップの眼科で見てもらい、ダメなら諦めがつく。
そりゃ、東◯医大のMは最低なヤブさw
でも、これも運命。

レールに沿って人生は動いてるし、その途中だと思うことにした。

過去何回も書いてるけど、あかんかったら、また次の生き方を見つけよう。
そうしよう!
今月からは、一杯良い事がありますように!!」

​​ 

8月4日の日記です。
 
腹減ったな〜
20時ごろ、女子サッカー見ながら飯食ったのにな。

ちなみに晩御飯はスーパーで買ってきた豚肉ともやしの炒め物。

味付けは塩、胡椒、味の素、ほんだしにステーキソースを掛けて炒めた。
それに、マグロとネギのぬたに蒟蒻の刺し身。

500mlの缶ビール。

女子サッカーは東アジア大会の韓国戦。
先行したが後半に追いつかれ、
アディショナルタイムに勝ち越されての逆転負け。

ま、これは仕方がない。
今は底上げの時期だし、目標は4年後のW杯やからね。

さて、来週の月曜日に手術やから、
amazonで防塵メガネを注文した。
明日は保険会社に電話して診断書を送ってもらおう。

夜はお◯の◯かな。
出来れば今週中にスタジオ◯にも顔を出して
状況を報告したいが無理はせんとこう。

ふう〜、軽くコークハイでも飲もうか。

昨日、深作眼科行って、恐怖心は多少収まった。

後は10日の手術の結果次第やね。

自分としては、やるべきことはやったわ。

運を天に任せるしかないし、
執刀医を信頼するしかない。
それでアカンかったら、その時はその時やね。
「負けることを考えて試合するバカなんかいない!」

その気持ちは大切にしよう。
そやけど、当日はビビるんやろなw
でも、不思議なことに8月に入ってから
幾分心が落ち着いてきた感じがする。

フラシーボ効果なのか?

手術まで、あと6日」

 

amazon購入した防塵メガネです。


ビジョンベルデ 保護めがね 軽量 可動式ソフト鼻パッド 両面曇り止め MP822

防塵メガネですが、
当然、深作眼科でも売っています。
 
けど、値段が度数付きで

20,000円!

 

 

いやいや、これは手が出せない…(笑)
なので、amazonで安めの防塵メガネを購入しました。
 
あとひとつ。
 
ちょっと困ったことが。

付添人を誰に頼むかです。

 

東◯医大の時は一人で大丈夫でした。
 
何かあれば、看護師さんが付いてきてくれたからです。
 
しかし、ここは違いました。
最低でも、手術には付添人が必要なのです。
 
理由は、術後、麻酔で朦朧としているので、付添人が支えて上の階の病室まで運ばなければならないからです。
 
うーん、誰にお願いしようか?
 
正直、仕事関係の人は嫌でした。
貸しを作りたくなかったのが、大きな理由です。
後、説明するのもかったるい(笑)
 
次はサッカー仲間。
でも、手術日は月曜日。
自分の為に、わざわざ休みを取ってもらうのは申し訳ない。
 
ええい、ダメ元で、お◯の◯のマスターに聞いてみることにしました。
 
こちらも甘い考えでした。
 
手術は遅くても、夕方頃には終わると思っていたのです。
 
ですから、それから戻っても店を開けられるだろうと…
 
しかし、予想とは違う方向に(笑)
 
(この事は、後日のブログで書きますね)
 
ダメ元でお願いすると、二つ返事でOKとの事!
 

助かりました〜

 
しかも、手術の承諾書と誓約書
にもサインしてくれるのです!
 
本当にありがたかった。
 
これで一番の難題をクリアしました。





今回は、ここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2017-09-18

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2回目の深作眼科です。

横浜の深作眼科に8時45分に着くために、自宅を7時20分過ぎに出ました。
 
前回同様、新宿駅では、

容赦なく左肩がぶつかります(笑)

 
 

時間通り、深作眼科に到着。​

やはり、この日も溢れるほどの患者が、既にこの時間から待機していました。

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すげーや、ここ!(笑)

 

一通りの検査が終わり、
N先生の検診です。
 
持ってきたカルテを見て、

「なんだ!カルテに明記されている眼内レンズと違うのが入ってる!」

 

眼科レンズの型番が違うそうで…
 
うーん、もう無茶苦茶です(笑)
 
笑うしかありませんでした。。。
(;´Д`A “`
 
N先生は、しばらくカルテを見ています。
 
そして、おもむろに
「うちより、最新の器材で手術してるね」
 
それには思わず、
「いくら最新でも、執刀する腕が未熟じゃダメですね…」
二人で苦笑いです。
 
いや、ホントに。(>▽<;;
 
どんなに頭が良くても、どんなに器材が最新でも、
結局最後は人間の“腕”ですもんね。

“時すでに遅し”です!

あ、それから1回目の手術時、
水晶体を傷つけたそうです。
 
なので眼内レンズを入れたそうで。。。
 
これ、何の説明なかったな〜
 
M先生のミスやん!(#^ω^)
 
だから、墨汁みたいなのが見えたのかな?
 
手術が終わって、看護師さんにその話をしたら、怪訝そうな顔をしてたな。
と、記憶を辿っていたら、
 
N先生いわく、
硝子体手術では、水晶体自体が邪魔となる時があるので、取り除く場合があるとか。
それと、同時に白内障の手術もするとのこと。
これは執刀医を責められないと。。。
 
あまり納得出来なかったのですが、帰宅して調べたら、本当らしいです。
 
バックリンク手術では、こういうことが起こりません。
 
なので、若い子にはバックリンク手術を勧める眼科もあるのではないかと思います。
 

 

一通り検診した後、
 

「やるだけやってみましょう」

 
との事で3回目の手術が決まりました。
 
但し、失敗しても恨まないでね!(笑)
 
てことで、
手術の承諾書と

“誓約書”

 

にサインしてこいと言われました。
 
それほど難しい手術になるとか。。。

 



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一旦、診察室前の長椅子に腰を掛けていたら、
今度は1番の部屋に案内されました。
 
ここの眼科の医院長である
深作先生に直接見てもらいました。
 
と、言っても診察をするというより、
他の病院の愚痴です(笑)
 
◯上眼科は、最近患者の事よりも営業に走ってる
とか
以前、そこの先生がうちに来て年収の話をしたら、うちよりも低かった
とか
大学病院は、東◯だろうが慶◯だろうが、絶対に行ってはダメ
とか
最初からうちに来てたら200%治せたのに
などなどです。
 

200%ですか…

 

凄い自信です。

Mr.200%の安生洋二もビックリですね!(笑)

https://ja.wikipedia.org/wiki/安生洋二

 

結構、裏の話が聞けて面白かったのですが、この深作院長も高圧的(笑)
 
合わない人は合わないのだろうな…と、思い、話を聞いていました。
 
これ、深作院長の悪口でも何でもなく、

 

日本の眼科は世界と比べたら遅れていると言いたかったのだと思います。

 

 

3回目の手術日は、
8月10日に決まりました。
 
ベットの数が空いていないと、看護師さんがN先生に言うと、
 
「◯◯さんは、白内障手術で横浜の人だから、事情を伝えて退院してもらいなさい」
 
とのこと。
 
ありがたいことです。

 

ちなみに、この病院は、
 
基本的に入院は2泊3日。
 

それだけ、手術をする患者の数が多のではないでしょうか。

 

 

待合室で待機の間、
患者さん通しの会話に耳を傾けていました。
 
なんと、全国津々浦々
近場は、埼玉、千葉、群馬から、
中には、四国や九州からも来ている方もいました。
 
白内障手術が大半だと思いますが、中には、自分と同じく網膜剥離の患者さんも。
 

その殆どが、医療ミスです!

 

僅かな希望を見つけて、ここ横浜まで来てるのです。
 
まるで、ここは眼科の
 

“駆け込み寺”

 

なんです!

​ 

自分の場合、ここで行った2回の手術は​“シリコンオイル​”を入れました。

 

今回は、ここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 

2017-09-17


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