日別アーカイブ: 2017年10月19日

長野県松本平広域公園総合球技場(スタジアム巡り その16)

長野県松本平広域公園総合球技場

通称“アルウィン”

アルウィン(Alwin)とは、日本アルプスに由来するアルプスと、英語で風を意味するウインドを組み合わせた造語です。
完成は2001年。
収容人数は、20,000人。
松本山雅FCのホームです。


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ここもメインスタンドの1部にしか、屋根がありません。
雨天時、その他の席で観戦する場合はポンチョ、合羽が必要になります。
当然ながら傘はNGですよ。

観客席の傾斜はそこそこあり、見やすいです。
アクセスは、JR松本駅お城口(東口)から徒歩で約5分にある松本バスターミナル
(バスターミナル上のアリオ松本店は、2017年9月10日閉店しました)
からシャトルバスが出ています。
なんとシャトルバスは、無料です!
バスに揺られること約25分。
…なのですが、渋滞に巻き込まれて30分以上掛かりました

(TOT)

やっとの思いで、アルウィンに到着。
いやー、空気が美味い!
その日は、臭わなかったのですが、
(アルウィンに訪れたのは、2015年5月です)
農作物の肥料処理施設があり、時期によっては風に流されて悪臭がするそうです(笑)
うーん、

“自然の中に出来た素晴らしいスタジアム”

と、いうことにしておきましょう!(笑)
正にアウェーの洗礼ですね!
てか、プレイする選手も大変やね。

直ぐ近くには、日本の空港で最も標高の高い場所に位置している
“信州まつもと空港”があります。


試合が始まるまで、ポケーっとして飛行機を見ていました。


“信州まつもと空港”には、福岡、札幌、伊丹(大阪)便があります。
時間にもよりますが、そちら方面のサポーターは、飛行機を利用した方が便利だと思います。
空港近くにあるため、規制で高さ制限がありスタジアムは、掘込式になっています。

高さ制限のため、照明塔も独特な形をしています。


スタジアムに入るとピッチを見下ろす感じですね。
一瞬で全体像が見渡せます。
これには、いい意味で感動しました!




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スタジアムグルメは、それなりに楽しめます。
ただ、売り切れるのが早い感じがしました。
ええ、自分は買いそびれてしまいましたよ…


ただし、スタジアム外にも出店があります。
当然、再入場は可能です。
(アウェーサポーター専用は、3番ゲートになります)


試合ですが、多くは語りません。
とにかく、

『ボールボーイの教育が素晴らしかったです!』


これ、観に行っていたヴィッセルサポなら意味が分かると思います(笑)

山雅FCとは、この試合以前までは、3連勝と相性が良かったのです。

2008年11月2日の天皇杯で対戦しており、
その時のスコアは、8-0
一方的にボコ殴りしています。
この試合も期待していたのですが…

0-2で負け。

ま、ホームでは2-1で勝ちましたけどね。

当時の松本山雅FCは、地域リーグでした。
ヴィッセルとしても1点取るまでは、やりづらかったと思います。
松本山雅FCは、翌2009年に地域リーグ所属クラブ初として、
J1クラブ(浦和レッズ)から2-0で勝利しました。

今年は、9月20日に天皇杯でぶつかりました。
結果は、2-0の勝利。
さて、次はいつ対戦出来るのでしょうか?

試合後の駐車場は、大変混み合います。
今回、自分は、サポ仲間と
“信州健康ランド”に泊まりました。


たまたま、運良くスタジアム近くで、タクシーを拾うことが出来、さほど渋滞には巻き込まれずに済みました。
信州健康ランドまでは、タクシーでおよそ15〜16分だったと思います。
いや〜、イイっすよここ!
宴会して、その後26時過ぎまで飲んでいましたね(笑)

宴会前です。“嵐の前の静けさ”ですね(笑)

宴会後にも呑んでいます…


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翌日は、観光で松本城に。
信州健康ランドの最寄り駅である、JR村井駅から4つ目のJR松本駅へ再び向かいます。


駅構内のコインロッカーに荷物を預けて、徒歩で松本城に向かいました。

入城まで40分。
時間がないので、入城は諦めて、松本城近くの“四柱神社”に向かいました。

神社前の交番も街並みに合わせて、いい感じです。

神社横にある“なわて通り商店街”で、昼食を取ることに。

“弁天本店”で蕎麦を食べました。

もう少し、ゆっくりしたかったのですが、
その日は夜中から仕事に出なくては行けませんでした。。。
なので、泣く泣く東京に戻ってきましたね。

 

松本山雅FCには、2011年に横浜F・マリノス
から、元日本代表DFの松田直樹選手が移籍してきました。
当時の松本山雅FCは、J2よりも下のJFLに所属していました。
J1から大幅にステップダウンしたクラブの移籍には驚きましたね。
しかも海外からのオファーを断ってまでです。
その松田選手ですが、2011年8月4日の練習中に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのです。
原因は、急性心筋梗塞。
日本中のサッカー選手、サポーターが悲しむ出来事でした。
松田選手と同期なのが、現ヴィッセル神戸の吉田孝行暫定監督です。
しかも生年月日も同じ1977年3月14日。
2人は、1993年のFIFA U-17世界選手権に共に出場。
横浜F・マリノスでは、チームメイトでした。
2011年8月6日での浦和レッズ戦。
(第20節 埼玉スタジアム2002)
彼は2得点を決めます。
そして、ゴール直後に
“天国の松田へ!”
と、天高く松田選手の背番号3を示すポーズを取りました。

松田選手が亡くなった時のコメントです。

「未だに信じられません。明日にでも電話がかかってくるのではないかと思うくらい、信じられません。
もし、お互い生まれ変わるとしても、また同じ誕生日に生まれ、また一番の親友になり、また一緒にサッカーをしよう。直樹のサッカーに対する情熱は忘れません。心からご冥福をお祈り申し上げます」

アウェーゴール裏から見る日本アルプスの景観です。

松本の街中には数々の湧き水があります。

松本駅から新宿駅に向かう途中の上諏訪駅では、ホーム内に足湯があります。

 

2017-10-19