​元嫁のことを少し。

​元嫁とは、1997年に出会いました。

東京に出てきてから、最初に住んだのが、中野区野方でした。

最寄り駅は、西武新宿線野方駅。

2年ほど練馬区に居たのですが、最寄り駅はやはり野方でしたね。

あ、1度隣の都立家政に住んでたこともありました。

野方に比べ、買い出しには不便な街でしたね…

今は、どうなのでしょうか?
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彼女と出会った場所は、野方駅近くにあったおでん屋です(笑)
よく、店が閉まった後、店のおばさんと3人で飲んだものです。

自分は、音響効果。
彼女は、舞台関係です。

以前の職場も、お互い、麻布十番にあり、すぐに意気投合しました。

自分が2歳年上で、出身地もお互い関西。
自分は神戸で、彼女は宝塚でした。

結婚して14年。

2011年の12月7日、中野区役所に離婚届を提出しました。

しばらくして、彼女は高円寺に。
自分は、今住んでいる東中野に引っ越ししたのです。

離婚したと言っても、週に1〜2度は会ってたかな。
近況報告なども兼ねて、高円寺か東中野の居酒屋で飲んでましたね(笑)

そんなに会ってるのに、何で離婚したかって?

“…不思議ですよね”

ただ、出会って結婚したのが、僅かに3ヶ月ほど。

彼女の事を何一つ分からず、勢いだけで籍を入れたのです。

なので、

“今一度、考えて見ようかと”

それでお互いが必要なら、もう一度籍を入れれば良いのではないかと。

そう思ったのでした。

はっきり言って、これは自分の

“我が儘”

です。

しかし、これが彼女を追い詰めることに…

彼女は、自分と離婚してから、新宿にあるKD◯Iビルで働き始めました。

a◯のiPhoneのお客様サービスセンターです。

しばらくして、Androidも掛け持ちになりました。

ご存じだと思いますが、
1機種のiPhoneに対して、Androidは数機種。

しかも、製造メーカーにより、入っているOSやアプリが違っていたりします。
かなり苦労したようでした。

お客様より、“ショップ”からの電話が多いと言っていましたね。
ま、ショップの店員なんて何も知りませんから(笑)

しかもしょっちゅう携帯料金の変動があり、憶えるのが大変だとも言っていました。

そんなある日のこと。

2013年9月10日です。
自分は、MAで赤坂にいました。
夕方、知らない番号から着信が。

その時の日記です。

「人生いろんな出来事がある。

今日、MA中に知らない番号から電話が掛ってきた。

その前、地下鉄に乗ってた時も掛ってきたのだが、
それは“中野区役所国民健康保険課”からと留守電で分かっていた。

今回は、携帯電話の番号からだ。

取るつもりはなかったのだが、携帯からだったので、ついつい繋いでしまった。

声は智◯子。

全く元気のない澱んだ声。

一瞬、またか!w
なのだが、

今回は

“クモ膜下出血”

である!

おいおい、それはマズイだろ!

挨拶もそこそこに急いで入院先の国際医療センターに向かう。

場所は大江戸線若松河田駅。
千代田線赤坂→国会議事堂駅で丸ノ内線に乗り換え、
新宿駅から大江戸線新宿駅まで乗り換えのため10分ぐらい歩く。
大江戸線新宿駅から都庁前駅まで行き、飯田橋方面に乗り換え若松河田駅で降り、徒歩約10分。

思ってた以上にめんどくさいw

西棟6階966号室に。

倒れたのは9月5日の夜、KD◯Iビル内のa◯エ◯ルバでだ。

職場で倒れたのが?幸いしたのか症状は軽いらしい。

が、左半身が動かない。

手術をするかどうかは、3日後ぐらいに決めるらしい。

手術をしないのならば、大阪の病院に転院してリハビリするとか。

どうして、彼女ばかりに不幸が訪れるのか?

一生懸命に生きてる人間を何故神様は襲うのか?」

“一瞬、またか!”
と、書いてますね。

彼女は、あまり体が強くありませんでした。

いや、自分と結婚した時は、そうでもなかったのですが。。。

2009年に

“膵臓炎”

で、膵臓を半分ほど摘出手術をしました。

ただ、この“膵臓炎”がなかなか特定できず、
何度も違う病院に入院したものです。

執刀医も
「開けてみて(お腹を)、初めて分かった。
他の病院も気づかなかったのは仕方がない」
と、言ってましたね。


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その2年後、今度は自分に不幸が襲いました。。。(笑)

9月12日の日記です。

「“風立ちぬ”を見終わった。

本編途中から涙が止まらない…
そんなに泣く作品じゃないのにな〜
ちくしょう。

早く元気になって、また口喧嘩しようや」

書いてて思い出しました。

そう、始まって直ぐに涙がこみ上げてきたのです。
しかも、“ううう”と声も。

抑えようと必死に堪えましたが、無理にすると余計に声が漏れてしまいます。

生まれてから、こんな経験は初めてでした。

この映画のテーマ曲である荒井由実の

“ひこうき雲”

https://youtu.be/9HInQDjCCRc

が流れた時は、もうどうしようもなく涙で、顔がくしゃくしゃになったのです。
今でも、この曲を聞くと辛いですね。

9月19日の日記です。

「今朝見た変な夢。
俺がタン(牛?)を切って智○子に渡すの。
で、彼女が焼いてるんだけど、塩が欲しいと。
瓶に入った塩を渡すんだけど、その隙にガジ※がお皿舐めるのよw
仕方ないなー、この馬鹿猫がw
て、気にしない様子。
なんか、ロナ※もいた雰囲気だけど、すごく皆んな幸せなんだわw
ずーっと、このままでいてほしい。
…
と、ユーミン聞いて書いてますw
お、「卒業写真」始まった」

※飼い猫の名前です。
“初めての検診で。”のブログを参照
http://moumakuhakuri.com/moumakuhakuri/moumaku-005

9月21日の日記です。

「今日の晩御飯は久々に唐揚げ。
なかなか美味しかった、ご馳走様w

昨日、智○子の見舞いに行ったのだが、
転院は30日の予定だそうだ。

場所は神戸市北区の恒生病院。
神鉄※で道場駅だと思う。

一日でも早く元気になってほしいが、多分、もう会えないだろうな…」

※神戸電鉄のことです。

彼女とは、この年の11月以降、会っていません。

ただ今でも時々、ラインをしています。

ラインには、左半身が錘(おもり)のように重いと。。。

“恒生病院”のあと、名古屋の病院に転院しました。
それから、西明石の“総合リハビリセンター”へ。

基本的に障害者は、それ以上、良くはならないと判断されたら、3ヶ月を目処に、その施設から出されます。

大変きついリハビリだったと思います。

“そんなのに比べれば、自分の左目なんか!”

と、辛いときに思うようにしています。

彼女は現在、兵庫県宝塚市で、仕事をしています。

しかし、左半身は戻ってきていません…

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